この記事の内容
前回までは、ドリフトの概要について説明しました。ここから先に進む前にドリフトに関連する話題をいくつか見ていきたいと思います。まずはタイヤの摩擦円についてです。
1)タイヤの摩擦円とは
普通に街乗りで車を運転するだけであればタイヤの能力について、それほど深く考える機会もあまりないと思います。でも、サーキットでの走行やドリフト走行は、タイヤの限界で行うものですので、タイヤについて深堀して考えることには意味があります。
以下の図は、タイヤのグリップ力の限界を表したものであり、タイヤの「摩擦円」と呼ばれています。
この図の見方は以下の通りです。
・水色の大きな円はタイヤのグリップ力の限界を示しています。消しゴムをイメージして頂ければわかりますが、360°全ての方角で一定の力まで耐えられるという前提(※)です。この円を超えてタイヤがグリップすることはできず、スリップを初めてしまいます。
・ここからこれを加減速といった前後の力と、コーナーリング時の左右の力に分解して考えます。
・まず①のようにタイヤの能力の80%の力でブレーキングをしたとします。ブレーキングをしながら左コーナーに入た場合に、耐えられる最大の力を示したのが②です。60%の力まで耐えることができます。(ここではピタゴラスの定理に基づいて、60%:40%:50%、すなわち3:4:5の直角三角形を例として持ってきました。)
※実際には左右のコーナーリングに耐える力よりも、ブレーキングや加速といった前後に耐える力の方が強く、摩擦円は少し縦に長い楕円形になるようです。ここでは分かりやすく円形の前提にしました。
いかがでしょうか? 減速に80%の力を使ってしまっているのに右コーナーリングのためにまだ60%の力が残っているということは、単純に合算すると80%+60%=140%で100%を超えています。これは直感より大きいと感じますか? このモデルでは、これが正しい答えになります。
2)摩擦円によるドリフトの説明
①パワードリフト
まずはじめにパワードリフトを起こす仕組みについて、摩擦円を使って説明したいと思います。前回説明した通りですが、パワードリフトでは、後輪駆動の車を前提としています。
下の図は、(A)の位置から(B)の位置に時計周りにコーナーリングしている車について、(A)の位置ではグリップ走行、(B)の位置ではパワードリフトを行なっている図です。
(A)の摩擦円ではアクセルもブレーキも踏んで踏んでおらず、右コーナーリング方向の力だけが発生しています。その力の大きさは限界の95%で、もう少しで限界という状況ですがグリップ走行をしています。
(B)の位置にきたときに、アクセルを踏んで加速方向の力をかけています。加速方向に31%(注)の力をかけると、右方向の95%の力と加速方向の31%の力を合成した力の大きさは100%に達します。これが摩擦力の限界ですので、これ以上アクセルを踏むとパワードリフトを始めます。
注:31%という値は、三平方の定理で(31%)²+(95%)² = (100%)²となるように設定しました。
②ブレーキングドリフト
前回の「(3)ドリフトの種類 — ブレーキングドリフトとパワードリフトについて」でも書きましたが、ブレーキングドリフトは、コーナーリング中に軽くブレーキングをすることにより前輪荷重の状態を作り、前輪を滑りにくく、後輪を滑りやすくするものと説明しました。この現象を摩擦円の考え方にそって説明するとどうなるでしょう?
実は、タイヤに荷重がかかると摩擦円の半径は大きくなります。逆に荷重が抜けると摩擦円の半径は小さくなります。従ってブレーキング時には、下の図のように前輪の摩擦円が大きくなり、後輪の摩擦円は小さくなるのです。
この図を見てわかる通り、コーナーリングのために使えるタイヤの余力は、摩擦円が大きくなった分だけ前輪が大きく、逆に摩擦円が小さくなった分だけ後輪が小さくなっています。
この差を利用してコーナーで後輪を先に滑らせるのがブレーキングドリフトです。
ところで、上の図では前輪のブレーキ力(赤矢印)が後輪のブレーキ力より大きくなっていますがこれにはきちんとした理由があります。仮に前輪と後輪のブレーキ力が同じであれば、前輪加重の効果で、後輪が先にロックしてしまい、車を止めるのに前輪の摩擦しか使えなくなってしまいます。これでは危険ですので、このように前輪のブレーキが後輪よりも強く効くようにセッティングされているのです。
実際の車でブレーキングによって摩擦円どのように変化するか、またその時のコーナーリングの余力はどのように変化するかは、様々な要素によって変わります。路面状況、タイヤの性能、サスペンションの硬さ、ブレーキのセッティング、スポイラーによるダウンフォースの強さ、等々です。また、スポーツ走行に慣れていない人にとっては、アンダーステアの方がオーバーステアよりも自然な挙動に映るため、パニックになりにくく安全と考えられているため、市販車はアンダーステアのセッティングになっています。従って、ブレーキングドリフトは初心者には難しいテクニックと言えるでしょう。